イマキミ!

今君が立っている場所は、昔私が立っていた場所だ

働くとは何か?バイト募集のチラシから真剣に考えてみた。

「あなたにとって働くとは何ですか?」

 

これは以前、

出掛け先でたまたま入ったマクドナルドの店内に貼ってあった、アルバイト募集のポスターの一文です。

 

 

この質問の対する今の私の答えは、

「自分の才能を生かすことと、人の役に立つこと。」

です。

 

どちらかだけでもダメです。

両方あっての仕事です。

 

 

例え人の役に立っていても、

自分自身があきらかなミスマッチで相当の無理をしているような環境であれば、それは恐らく長くは続きませんし、

きっとどこかで無理した分が自分に跳ね返ってくるでしょう。

 

あるいは自分自身のやっていることが、

他の人の何の役にも立っていないのも、それを続けていく意味を見いだせなくなってしまいそうです。

 

 

ちなみに一緒にいた職場の同僚は、「ご褒美を得るため」って言ってました。

別に考え方はそれぞれでいい事なんで、否定はしませんが興味もありませんね。

 

私は先に行ってるから、AIやロボットに代替されてから気づきなよ。ってことです。

 

 

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”仕事は仕事だから、なるべく楽な仕事で給料もらえたらそれでいい。”

”仕事なんだから。みんな我慢してやってるんだよ。”

 

こういった考え方は、

そもそも仕事とは嫌なものだやりたくなものだ、という前提にありますよね。

 

人生の内に仕事が占める時間って相当長いです。

勤務時間だけでなく、通勤時間や休憩も自宅に帰って休憩する人はあまりいないでしょうから、一日の大半の時間を仕事が占めています。

 

そんな仕事を、なぜ自分の人生から割り切って考えることが出来るのか。

 

確かに全部が全部楽しいことも無いでしょう。

特に雇われの身だとやりたくないことをやらないといけないことも実際あります。

 

だからと言って、「仕事だから」とか「我慢してやれ」といった、

私は仕事はやりたくないもだという前提の上司から学ぶことは、ほとんどないと思っています。

 

それだったら癖のある人でも、自分なりに楽しんでやっている人と、一緒に仕事した方が勉強になるし、何より楽しいです。

 

「仕事だから。」って言うとそれで終われるんで楽なんですよね。面白くはないけど、別に間違ってないし。

でも、こんなの薄っぺらいじゃないですか。

 

せめて、

「確かにやりたくない仕事だけど、俺の時はこういうことを意識してやった。そうしたらこんなことが勉強になったから。自分なりに考えてやってみろよ。」

くらいのこと言えよって思います。

まぁ私は、今では自分で考える習慣がついてきたんで、自分自身で気付けるようになってきたんで、もう無くてもよくなってきてますけどね。

 

 

私は「仕事は仕事」という働き方が出来ません。

 

これからもそんな割り切って働くつもりはありません。

それが大人だというなら、私は大人にはなれないです。

 

自分の人生やテンションをぶつけていくように働いていきます。

 

昔の上司に、「ムラがありすぎる」と言われたことがあります。

もはや誉め言葉だと思っています。

あとはこれがいい方向に作用するように、

精神面や体調面をセルフコントロールしていけばいいだけの話ですからね。

 

 

仕事とは楽しいことです。

例えAIやロボットが私達の代わりに働いてくれるようになっても、

私は働きます。

宝くじで何億円とか当たっても、

私は働きます。

 

だって楽しいですもん。

働かなくなったら人生つまんないです。

 

 

「自分の才能を余すことなく生かして、世の中や他の人の役に立つ」

 

これが私の働く理由です。